バターケーキ

初めてバターケーキを食べたときの、口のなかに広がった、ほろほろと優しい甘味を思い出す。

初めての勤め先の全国研修で、仲良くなった子は広島の子だった。
たおやめ、という表現がしっくりくる細面の穏やかな彼女は、しかし、芯は強く、やりたいことをきちんと持っている人だった。
2泊3日の研修で親しくなった私たちは、金沢と京都の子を含む4人で友情らしきものを育み、職場の愚痴は全国共通だとそれぞれの土地の話なども織り混ぜて話し合った。SNSなんてなく、メールと携帯電話でつながっていた時代のことである。
のちに、彼女も私もその職場から離れ、京都の子や金沢の子とも連絡がとれなくなってしまったが、広島の彼女とはいまだ年賀状のやりとりを続けさせてもらっている。

その彼女と前にあったのも、15年以上前になる。東京に出てきた彼女と会ったときに、手土産に持ってきてくれたのが、くだんのバターケーキだった。
「なかなか評判のいいお店でね」と彼女は控えめに言っていたが、調べてみれば広島ではかなりの人気店らしく、開店に合わせて並んでも買えないこともあるのだそうだ。開けた瞬間の濃厚なバターの甘い香りは、とろんととろけそうなほど素敵だった。
人気店といっても、昔ながらの老舗。その根強い人気のほどと、どことなく、多忙な中、時間を必死に作ってそこへ行ってくれたはずの彼女の心意気が重なって思えて、いっそう味わい深かったのを覚えている。

いま彼女は前職とは全く違う舞台で活躍をしている。きっと、SNSで探せば、つながれもするのだろう。だけど、私も彼女もそれをしない。
粛々と続く一枚の年賀状には近況などもそう書かれていない。元気、とか、会いたいね、と月並みな一言が杓子定規な定型文に添えられているだけだ。
でも、その、細長くて丸みを帯びたちいさな文字に、彼女との時間を思い出す。
その一言にこもるのは、あのときの、ほろほろとした優しい甘味なのだ。

0コメント

  • 1000 / 1000