忘れられないふきのとう

くいしん坊あるあるだと思うのだけど、「あの時のあれ、おいしかったなぁ〜」と、しみじみ思い出すことがある。

これくらいの季節にスーパーなどの店先でふいに蘇るのは、ふきのとう味噌。数年前にお友達から「これ、おみやげ」と手渡された、瓶詰めのふきのとう味噌だ。

センスの塊のような、おしゃれな彼女のかばんから、瓶がそのままひょいと出てきたことも、それがこじゃれたスイーツとかじゃなくて、食べ物の中でも比較的地味に思えるふきのとう味噌であったことも、私の心を鷲掴みにした。

「旅先で行ったお店の。おいしかったから」と彼女は、うつくしい長い指先で髪を耳にかけて、さらりと手渡してくれた。


ほかほかの炊き立てごはんに載せて食べると、ふきのとう特有の香りと、ほろ苦さ、和えた味噌のうまみが立ち上ってきて、ひとくちで幸せになる。

私が育った地域では「ばっけみそ」と呼ばれるふきのとう味噌が、よく食卓に上ったものだけれど、我が家の味は市販のものに比べると格段に甘みが少なかった。自分でつくればよいのに、あくぬきの手間等を考えているうちにいつも時期を逃してしまい、市販品を買っては、おいしいけれど甘いなあとひとりごちていた。

けれども、いただいたふきのとう味噌は、甘みが控えめで、ふきのとうの香りが感じられて、とてもおいしかった。お友達が私にも食べさせてあげようと思い立ってくれたうれしさも加わって、特別おいしいふきのとう味噌になった。

こういう思い出が入り混じったお味は、忘れられないお味になる。


そのお店の支店に、都内で出くわした。

同じふきのとう味噌が買えるかと楽しみに入ってみたのだけれど、店内の物販棚には、残念ながらふきのとう味噌は売っていなかった。

代わりにおいしいとろろ蕎麦をいただいた。

「メニューには載せてないんですけど、今日は特別に」なんて殺し文句にやられて、格別大きな舞茸の天ぷらを追加したりして。


太めの香りあるお蕎麦がおいしくて、満たされた気持ちになった。

そのせいか、ないなら作ればいいじゃない? とばかりに帰り道につい、ふきのとうを買ってしまった。

指先を春の香りに染めながら、重い腰を上げて、はじめてつくってみようかと思う。


○農林水産省>郷土料理>ばっけ味噌

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