しだれ桜と黒砂糖

注射が苦手じゃない、というのが、昨日まで私のちっぽけな自慢だった。
注射いやだなあ、苦手なんだよ、と言う友達に「私、へいき」と言えるのは、すこし誇らしい気分だった。

勇敢なのではなく、たんに、みんなよりも慣れていただけだ。子どもの頃、よく体調を崩して、大きな病院で注射や点滴をしてもらっていたから。
月に一、二度、街なかの、その病院に行くのが楽しみだった。主治医の名前も覚えている。
わたなべ先生。
ライオンの折り紙を持っていくと、診察室に飾ってくれていた。

なぜ、病院が好きだったかというと、点滴が終わると、病院近くの、明治時代から続くお菓子やさんで、お菓子を買ってもらえるから。
注射ならあんこ玉。点滴なら、棒つきの黒砂糖飴。あんこ玉は透明ななにかにくるまれていて、できたてはほんのりとあたたかい。黒砂糖飴は、うろおぼえだけど、おひなさまの左大臣みたいなおじいさんに見えた。いま思えば、三番叟の翁など、縁起よい形だったのではと思うけど、子ども心にはちょっとこわくて、裏返して背中から食べた。

風情あるお菓子やさんは、昔は藍染の布を洗ったという川のほとりに建ち、傍らに立派なしだれ桜が、川面に手を伸ばすように、佇んでいた。
桜の季節に訪れたのは一度くらいだと思うけど、桜の花の色に、足元までのびる大きな藍色の暖簾、格子窓が、いまも目に浮かぶ。
お店の中は薄暗く、工房が隣接していて、職人さんが魔法のようにあんこ玉をうみだしていた。

小さい頃から、よほどの食いしん坊だったのだろう。
具合が悪いのは辛かったけど、注射や点滴の痛みや恐さより、あんこ玉や黒砂糖飴の魅力の方が断然大きくて、半年も通う頃には、具合が悪くなって倒れると青白い顔で喜ぶという、変な子どもができあがっていた。

いまもあるそのお店を、帰省して通るたびに、つややかなあんこ玉の味や、黒砂糖のしみわたる甘みをなつかしく思い出す。
いつも自分であんこを煮るときは黒砂糖を少し加えるのだけど、もしかすると幼少期のあの、あんこ玉と黒砂糖のおいしさが原体験にあるからなのかもしれない(いま気づきました)。
成長につれて病院とは縁遠くなり、小学校の低学年にあがる頃には、季節ごとくらいにまで減っていたと思う。

さて、その、ささやかな自慢が今日からはできない。
手首ですくすく育ったガングリオンを注射で抜いてもらったのだけど、貧血とめまいを起こして倒れ、さきほどまで病院の処置室でしばらく寝かせてもらったからだ(ちなみに血は一滴たりとも流れていない)。
医師と看護師さんたちが、昼食の注文らしきものをとる、かつ丼2人ー、海鮮丼1人、まぐろ丼なーし、麻婆丼1人、という声を、冷や汗の向こうにおぼろげに聞きながら、私は、あんこ玉と、黒砂糖飴がいいと思った。
ふと、昔日を思い出した、秋なのでした。

帰省するときの楽しみのひとつ。
石橋屋さん。
>>>仙台駄菓子 石橋屋さん

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冬森灯

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