龍の指輪

「これはあなたの指輪だと思った」

会うなり、友達は真顔で言った。

繁華街を過ぎて北の方、用事がなければ行かないようなそのエリアに頻繁に足を向けていたのは、そこに友達の働くギャラリーカフェがあったからだった。

衣類に雑貨にアクセサリーにアート、世界中から集めたちょっと他では見ないようなものが並ぶ、珍しいものの見本市のようなお店で、気軽に手に取れるものからびっくりするようなお値段のものまでが並んでいた。

見てほしいものがあるから寄って、とメールが届き、訪れた私を迎えたのが、冒頭の一言だった。


「昨日入ってきたばかりなの。でもこれはあなたの指輪だと思って、店頭には並べないでいた」と友達は、内緒だというふうに口元に人差し指を立てた。私たちの他に誰がいるわけでもないのに、あたりを見回し、声をひそめて。

種類としてはメノウ、と聞いたと思う。今なら、モスアゲートと呼ばれるだろうか。

もやもやとした緑色の部分と、中央の白い雲のような部分がある、半透明の石。背を丸めた龍が口から雲を吐く姿みたいに見えた。右手の親指を突き立てているみたいだから、きっと機嫌のいい龍なんだろう。はっきり覚えていないが、あれは、辰年のことだったと思う。

「この指輪は絶対、最初にあなたに見てもらってから、と思った」

友達がどうしてその指輪をそう思ってくれたのかは、わからない。尋ねても、直感的にそう思ったとのことだった。

すごく好みの石というわけでもなかったし、第一印象としてはちょっと地味かなとさえ思った。

だけど、つるんとまるく盛り上がった姿も、どことなく龍っぽく見えるところも、いらないと判断するには気を惹かれる。友達が言ってくれたからそう思い込んだだけかもしれないが、手に取ると、指にしっくりとなじむ気もする。

なにより、理由はないにせよ、友達が他のお客さんから隠してまで私に届けようとしてくれた指輪だなんて、その気持ちだけでもとびきりのお守りに思えた。


結局私は、一回の飲み会代くらいの対価を払って、その指輪を連れ帰ってきた。はじめて自分でお金を払って手にした指輪だった。

あれから数十年。その大切な指輪を、2023年末に、一度失くしてしまった。

外出中に石が台座からはずれてしまい、大切にポケットにしまったはずなのに、帰宅したらなくなっていた。ポケットにしまったのに消えているなんて、龍が雲を吐いてそのまま飛び去ってしまったかのような、不思議な失くし方だった。

奇しくもその二日前に、一番新しく手に入れた指輪を外出先で落としてしまい、打ちひしがれていたので、追い打ちをかけるように一番古い指輪を失くして、立ち直れないほど落ち込んだ。

が、年末、郷里に戻る直前に、全く不思議なことに、突如として龍は舞い戻ったのである。接着こそとれたままだけど、台座にすっぽり入った、元の姿で。


不思議だけれど、モノは古くなると、意思を持ち、付喪神になるという。石なんて、途方もない時間を過ごしてきたに違いないのだから、とっくにそういうものになっているのかもしれない。

龍が舞い戻ってくれたうれしさと、まだ守ってくれるつもりらしいことに感謝して、新しい年を迎えた。

今年は、辰年。

今日も龍は私の指の上で、機嫌よく親指を立てている。

誰もにとって、よき一年となることを、強くお祈りしています。


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元日から、毎日のように大きな出来事が報じられ、多くの方と同じく私も胸を痛めています

被災された方、影響のあった方に心からお見舞いを申し上げます。一日も早く、心穏やかに、お健やかに過ごせますよう、お祈りしております。

状況が落ち着いたら、自分にもできるあり方で、支える一人になれたらと思っています。

はなうたとくちぶえ

冬森灯

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